早慶レガッタ


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早慶レガッタは1905年(明治38年)に、隅田川向島で第1回大会が開催されて 以来、戦争などの中断をはさみながらも、2005年で74回、100年目を迎えます。
隅田川における対校レースは「河川汚染」や「橋梁工事」などのため、1962年(昭和37年)以降、 一時、戸田ボートコースや荒川に移ることを余儀なくされました。
河川浄化が進み始めた1978年(昭和53年)、隅田川にレガッタの灯を消してはならないという多 くのファン、OBそして地元の方々の熱意と、墨田区・台東区や警察・消防と いった関係諸官庁のご理解とご協力により、17年ぶりに早慶レガッタは隅田川に戻り、現在に至っています。


 


第1回大会は明治38年5月8日に行われました。時代は日露戦争の真っ最中、 日本海大海戦はこの19日後、そんな時代のことです。 当時、隅田川の向島近辺には東大、高商(一橋大)、外語大、学習院といった各校の艇庫があり、 各校とも校内競漕大会がさかんに行われていた様です。

そんな慶應義塾の校内大会の前日に、明治37年に創部したばかりの早稲田が明治20年創部の 慶應義塾に試合を申し入れて、第1回大会は実現しました。 レースにあたり両校の色は現在のスクールカラーとは異なり、抽選によって赤が早稲田・白 が慶應義塾と決まりました。両校の学生をはじめ、前評判を聞き付けて集まった野次馬が、双 方の応援に両岸を赤白に分かれ、その盛り上がり源平合戦さながらだったと言われいます。 このレースは現在の様なエイトではなくシックスで競われ、早稲田の艇が1艇身半で勝っています。

この記念すべき第1回早慶レガッタの反響は大きく、翌年以降の開催が期待されましたが、野球の早慶戦の過 熱振りから、早慶両校の対校戦が全面禁止になるに到り、昭和5年の第2回大会まで25年の月日を待た ねばならなくなりました。











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