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昭和36年の30回大会を最後に隅田川を離れていた早慶レガッタが戻ってきた 記念すべき大会です。 昭和30年頃から高度経済成長に伴う河川交通量の増大、高速道路向島線の架設工事、水質汚染等で、 隅田川は既にボートを漕げる環境では無くなっていました。

早慶レガッタは昭和37年の第48回大会から戸田、相模湖、荒川と転々とその開催コースを変えざるを 得なくなり、かつて「東京春の風物詩」と言われたその姿を隅田川から消しました。 しかし、物通の主流がかつての船から自動車に変わり、公害対策も進み、川に魚が戻り始めたのを機に、 再び早慶レガッタを隅田川にという機運が早慶両校、地元自治体、地元商店会に芽生え、復活の運びと なりました。 そうは言っても17年間のブランクは大きく、河川に新たにレースコースを設定する作業は、レースコー ス設営経験のあるOBを総動員して大変だった様です。

かつては観客席に開放された各校の艇庫は戸田に移転し、隅田川の護岸もすっかり変わり、艇を 水面に下すことすら侭ならない変わり様で、最終的には艇をクレーンで下したと言います。 また、河岸に何人の見物客が押し寄せてくるかも分からない。 また、17年前の警備経験者もいない。警視庁も地元も相当頭を痛めたそうです。そんな多くの人 々のご協力を得て、「復活 早慶レガッタ」は無事開催の運びとなり、現在に到っています。 ちなみに勝敗は慶應が下馬評を覆し、大差で早稲田を下しています。


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